2018年11月13日火曜日

【ホルモン療法編】貴方がホル注を許可したから、11月13日ははホル注記念日(ホルモン初回)

って、俵万智が書いた元ネタを知ってる人がどれだけいるのだろう。
『サラダ記念日』って1987年なんですね。おそロシア。

と、言うわけで針メンに行って、初ホルモン注射と相成りました。
針間先生は、最後まで「ここで辞めてもいいんだよ?」と
優しい言葉(?)をかけてくれましたが、さすがに今回ばかりは私の意志も固く。

ただ、もしかしたらどこかの時点でもう辞めるっていうかもって話はしておきました。
ある程度、自分で納得できる体型になったらホルモン療法しなくてもいいかな?
と考えてるので。

その代わり?胸オペはしないかもという話をしつつ。
子宮摘出手術の時に熱を出すわ、傷口はしっかり残ってるわ、
ついでにヘルニアになるわと散々だったので、手術はもういいかなぁと。

昔に比べると胸もしぼんで来たし(ぉ?)
ホルモンする事でどうなるかといった所もありますね。

次の予約いつにする~?と聞かれ、
とりあえずは3週に1回ペースでいこうかなというわけで、次回は来月3日です。

最初予約した日が4日火曜日だったのですが、
その日は八王子の通院と重なってることに気づき、
前日の月曜日に繰り上げてもらいました・・・。
火曜日午後休診だから、午前中に行かないといけないのも辛いし。

男性ホルモンですが、さすがに250ミリではなく125ミリを注射されました。
うーむ。
子宮が無い→生理が来ない→生理を止める必要は無いから125ミリって判断なのかな?
それとも年齢の問題か。

初めて人様にケツを晒してケツに注射されるという悲劇・・・。
やっぱりお尻に打つのねって思った次第。

注射、思ってたより全然痛くなかったです。
よっぽどへたくそな看護師さんに採血される方が痛い・・・。
看護師さんが優しい方で、初注射の私に色々とレクチャーしてくださいました。
ふむふむ。

やっぱり、ずっとお尻に打ってると固くなってくるとか、
痛点に当たると痛いとか、注射液が漏れるといったことも起こるとか。
そのときは遠慮なく言ってくださいね~と言われました。
そうかーと思って聞いてました。

半分寝不足でぼーっとしてたので、
あまり初注射の感慨というのも沸かず、
あーとうとう始まったのか~ぐらいな感じでした。
ここまで約20年掛かってるwのもスゴいけど。

まぁ、一部の方々は「ともぞうがやっとホルモンするの?」とか
「マジなの?」とか針間先生に質問をされていたようですが・・・

あと、天国のゼロ島先生、ともぞうはやっぱりFTMでしたよー。
散々、ゼロ島先生には「君はFTMなのかい?」と疑問に思われておりましたが、
どうもやっぱりそうだったらしいです。

まぁ、何で今更ホルモン療法するの?と聞かれる機会もありましたので、
一応今日に至る心境というか、何で今更なのかを少し。

元々、2002年に塚田先生の所へ通い始めた段階でホルモン療法を
するつもりではあったのです。
周りの友人たちも、ホルモン療法をしてる人が多く、
すでに性自認での暮らしをしてる人も多かったですしね。

ただ、自分の場合は、自分よりも周囲を大切にする癖がそのころはあったので、
ホルモン療法をして男性化していった時の弊害を考えると
これはやばいぞという結論に至ったというのが本当の所ですね。

まずは、母方の祖母が私が初孫だったせいもあり
「ともちゃんのウエディングドレス姿を見るまでは死ねない。」
と思いっきり言っていたこと。
そんな祖母に、男性化した自分を見せられない!というのがあったのです。

また、そのころは実家暮らしをしていたのですが、
父と妹は理解してくれたのですが、母がネックでして・・・。

差別感情は無いよ、と母は言うもののTLGP
(東京レズビアン&ゲイパレード。昔夏に開催されていたパレードです)
のスタッフTシャツを着たまま家に帰ったときには、
「ご近所に見られたら恥ずかしい」と言い放つし、
いわゆる「オカマ・オナベ」がテレビに出てると嫌な顔をするし・・・と、
バリバリの差別主義者。

そんな母に自分がトランスですなんて言ったら、
包丁出して脅されそうな勢いだったので黙ってました。
(実際、私と喧嘩したときに包丁を出してきた過去があるので、
あながち私の誇大妄想とは言い切れない部分が・・・)

後は、仕事の問題。
これが結構やっかいでして、
当時自分がいた職場は女性が少ないので昼ご飯は女性だけで食べたり、
女性のみロッカーがあり私もそれを利用していたこと。
女性ロッカーに入ってた人間がいきなりおっさんになったらそれはそれで問題が…。
後はその当時は派遣社員だったので在職トランスが出来るかどうかが不安だったこと。

で、無事トランスしたとしても、
男性としてのお作法を習ってきてないので(当たり前)
男性社会で仕事が出来るか?っていう不安が・・・。

そんなことが色々重なって、今は時期じゃないし、
まだ女性として何とか生活出来ると判断して、
ホルモン療法を保留にしつつ、
セカンドでお世話になった針間先生の所へたまにグチを言いにいく
生活を送っていたのです。

が、40歳を過ぎてその生活自体に段々無理が生じてきたことや、
自分をトランス男性として尊重してくれる職場に出会ってしまって、
片や女性として仕事をしている自分、
片や男性として尊重してくれる職場で仕事をしている自分がいて、
自分が引き裂かれた状態になってしまったんですね・・・。

で、なんだかんだ言って男性として尊重してくれる職場の方が
居心地がいいのが当たり前でして、そちらの方へとシフトして行ったわけです。

で、名の変更もして、カムアウトして仕事をしていくわけですが、
やっぱりどんなにカムアウトしても、
身体が女性のために女性扱いをされることもあるのですよ。

それは相手が悪いわけではなく、
自分の身体が女性である以上は仕方ないと思い、
身体を男性に見えるように変えていかないとなと思うようになってきたのです。

で、ネックだった祖母も亡くなって10年近く経ち、
母も薄々分かっていたといいながら、
今年(かな?)母に無理矢理カムアウトさせられて、
一人暮らしも5年を迎え、そろそろいいかなぁと思って
ホルモン療法に舵を切ったのでした。

まぁ、人間いつ死ぬか分からないですからね・・・。
自分が亡くなったときに女性体で死にたいか
一応男性に見える状態で死にたいか?と考えたときに、
一応男性に見える状態で死にたいなぁとも思っていたので、それもあったりします。

しかし、自分の中で自分は「シス男性」って感じがないんですよね。
確かに性自認は男性ではあるけど、
女性として生まれてきて女性として生活をしてきてしまっているので、
今更その女性として生活してきた部分を無くすことは出来ないし。

何て言うか、男性と女性のハイブリットというか、
よく分からない人でいこうと思ってます。
よく分からない人だからこそ見えるものというのもあるような気もしますしね。

と、そんな感じでホルモン療法始まりました。
すこしづつ、変化なども書いていきたいと思います。