2016年9月1日木曜日

若かりし頃の話をしたら・・・。

ある人と、中高の話をすることがあり…。
その方は中高と私立だったんだとか…。
だから、中学は弁当じゃなくて給食だったそうな。

私は、中学は既に弁当でしたし、
弁当忘れて乾パンを買うことしばしば(弁当忘れて来た生徒に乾パンを売ってくれた)
面倒だと昼飯抜きとか、白米だけ持ってきて、おかずを恵んで貰うとか、
凄い中学生活してましたがw

あと、ウチの学区内にたまたま児童養護施設があって、
でもその当時は自分も良く理解してなかった。
あいつ、「バットホーム(養護施設の名前)らしいよ」と言われるくらい。

ただ、兄弟で入所してた奴が兄が18になるから自分も出なきゃいけないから、
高校行けないかもって言ってたのが引っかかった位かなぁ…。余り、気にしてませんでした。
後で知ったのでw

高校は小田急線沿線3バカ女子高の一つだったから、
ヤンキーから、不登校の引きこもりから、知的ボーダーから、
中学で男子に虐められたから女子高に来たのよー、
希望校に落ちて仕方なく来たけど、内心来たくなかった…。
と、こんな感じて生徒はカオスでした。

マジヤンキーから、ヲタク、知的ボーダーの子からそれなりに勉強出来る奴まで。
生徒には、片親、児童養護施設の子も多いし、
3者面談でシスターとか、多分施設職員と思われる若い人も普通にいたからなぁ。

あと、娘がヤンキーなのにお母さんは地味な人、とか、
娘がヤンキーならお母さんもどこかのママみたいな親子派手な人とかねー。
3者面談はミニ社会の縮図だったかも。

てな話をしたら、梅田さんは昔からいろいろなひとを見てきて、
だから、人に対する視野が広いのねーと褒められたけど…。
褒められた話なのかな?
たまたまその境遇にいて、母が福祉の人だったから知ってただけだと思います…。

大学も2部だったから、社会人学生も、2,3浪のやつも、新聞奨学生も、
昼間はバイトは当たり前だったし。まぁ、少し変な境遇でしたがね。

だから、私が出来上がったんですねーと言われてもうーむ。
まぁ、考えるネタをくれたみんなにはありがたいですが。

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