2019年8月7日水曜日

エボラパニックとAIDSパニック

丁度、8月4日の日曜日がぷれいすのボランティア活動で、
高田馬場の事務所まで行ったら、今年のボランティア希望者の研修していました。
結構人がいてびっくり。
いやはや、頑張って欲しいなぁ。

で、ちょうど土曜日か、日曜日か、コンゴから帰国した人が発熱していて、
エボラ出血熱か?という話題でプチプチパニックになっている、
Twitterとか、5ちゃん界隈とか見つつ、凄くデジャビュを感じて、
思い出したのが、80年代のエイズパニックでした。
(結局その方はエボラではなくインフルエンザだと判明してよかったですが)

もう一人のボランティアさん(人生の大先輩)にそんな話をしたら、
そうだねーと同意を頂きましたが。
あの時本当に凄かった思い出。

今と違って、AIDS≒死ぬ病気でしたし、
血液感染するから、AIDS患者の血を吸った蚊が、
自分を指したらどうなるのか…とか、
今では笑い話的なことを怖がってたわけですよ。

日本での第一号患者は公式には男性同性愛者で、
異性愛者は関係ないと思ってたら、
確か、フィリピンから来日していた女性がAIDS感染して、
やましい男性達が戦々恐々としてたなぁ。

中学の保体の時間(確か)に、我々もAIDSについて習ったんですが、
その中の『カポジ肉腫』の皮膚状態と、
私の腕にあった蚊に刺されて掻き壊した痕が微妙に似ていたので、
男子によく『お前AIDSだろー!』とか、イジメの対象になったのを思い出します。

私のAIDSに対する原体験はここからで、
いまや気がつけばHIV/AIDSのボランティアしてるんだから、不思議ですな。

まぁ、大好きな写真家、
ロバート・メイプルソープもAIDSを発症して亡くなってるのもあるか…。

ぷれいすでは、HIV陽性者とも当たり前のように一緒にいて、
誰がポジティブなのか分からないもんなぁ。
別に、HIVポジティブだからなに?くらいで…。

本音をいうと、最初はちょっとびびってましたけど、
当たり前だけど変わらないよなーって思ったら気にならなくなりました。
でも、まだ世間の認知度は下手をすると80年代、90年代位で止まってる。

それを一般の人にもどう広げていくのか、
MSMだけじゃなくて、トランス当事者にも伝えていくべきことだよな、
なんて思いつつ。

少しづつ、自分が出来ることもやれたら良いなーと思いながら、
ぷれいすのボランティアにコミットしております。